2017年3月 3日
天岩戸(あまのいわと)の前で、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が踊った裸踊りが神楽の起源だとすると、今から2000年ほど前の弥生時代にその源があることになるが、定説では平安時代になるらしい。「神楽」や「田楽」を基に、室町時代には「能」や「猿楽」ができ、江戸時代には「能」をさらに大衆化させた「歌舞伎」や「狂言」ができた。
球磨神楽は、熊本県人吉市及び球磨郡内各町村の神社祭礼で奉納される神楽で、直面(ひためん)の舞手が鈴や御幣(ごへい)、剣などを手に持って舞う採物舞(とりものまい)が主体。また、回る所作を基本とし、足拍子を軽快に踏み、複数の舞手による演目では縦隊・横隊と隊形を種々変えて踊る。あさぎり町では須恵諏訪神社、岡原霧島神社、深田阿蘇神社、上の白髪神社、岡留熊野座神社、築地熊野神社、皆越白髪神社などで奉納される。文化庁の国指定文化財等データーベースには、球磨神楽について次のような解説文がついている。
「球磨神楽はもとは三十三番が伝承されていたが、現在は三番神楽・獅子・岩潜・大小舞・みさき等十七番が伝承されている。これらのうちの十番前後が神社の例祭の宵宮に、また四・五番が例祭に舞われる。なお、獅子以外はいずれも直面(ひためん)である。神社の拝殿が舞台となり、拝殿の周囲や、天井から拝殿の四隅と四囲に注連縄(しめなわ)が張られ、「三笠:みかさ」を舞う場合は、拝殿の天井から二つの笠と楕円形の天蓋に似たものが吊される。舞の後段で、これが破れて中から紙吹雪が散る。楽器は太鼓(1)笛(1)(「笛揃」の曲で笛(2))及び楽板と称する板(1)で、各々本殿に向い拝殿の入口側に位置する。これは球磨郡にのみ伝承される神楽であり、採物舞で古風である。また、神楽歌には古い歌が多い。他に同類を見ない独特の神楽なので、これを選択して記録を作成する」とある。
この解説文の中にある直面(ひためん)と言うのは、踊り手が面(神楽面)をつけずに素顔のままで踊ること、球磨神楽は、演目の「獅子」以外はすべて直面舞(ひためんまい)である。採物(とりもの)というのは、神事や神楽において巫女や踊り手が手に取り持って踊る道具で、鈴、扇、剣、榊・弓・杓(ひさご)など計9種類があり、これらを手に持ち舞うのが「採物舞」である。
図1 球磨神楽の「三笠」の紙吹雪と青井阿蘇神社神楽殿の天井と注連縄
図1は、代表的な球磨神楽の一つであり、国指定重要無形民俗文化財である球磨神楽十番の「三笠(みかさ)」の紙吹雪場面がである。同図右が青井阿蘇神社の神楽殿で、ここで舞われる。この三笠という神楽は、二人の舞手が作り物に結ばれた綱をそれぞれ持って絡ませながら舞い、控えの者が雪舟を揺らして中に仕込まれた紙吹雪を散らすのだが、この終盤の仕掛けがあってショウ的要素が加味されている。しかしそれまでは実に単調な舞いが続く。派手ではなく、躍動的ではなく単調な舞いは球磨神楽の特徴である。例えば、13番の振剣(ふりつるぎ)も両手に剣を持ち回しながら舞うが、それまではゆっくりした動きである。14番の「笛揃:ふえそろい」や15番の「棟方:むなかた」では右手に鈴を持ち、ゆっくりした動きで、時に座して酒杯をあげる。16番の「大小:だいしょう」は、はじめは、右手に神楽鈴、左手に扇をもち、前垂れ髪で顔を隠し踊るが、後半は、持ち物を御幣に変え軽快に踊りながら、四つ這いに伏した相手の背中で足を上げて回すユーモラスな場面もある。11番の獅子舞は、大きな獅子頭をかぶっての舞いであり、球磨神楽では例外である。シコを踏むようにしながら後ずさりし、神主に諫(いさ)められながら舞う。
図2は水上村の白水神社の神楽殿で舞われる球磨神楽「七五三:しめいわい」の冒頭場面であり、図3は「大小:だいしょう」という球磨神楽で、前述のように、四つん這いした踊り手の背中に足をあげ回ろうとしている場面である。このように、球磨神楽は、岩戸神楽や石見神楽、それに高千穂神楽のような演劇性や派手さはない。別の言い方をすれば娯楽性はなく面白くない神楽であるが、祈りの里、豊かな隠れ文化の里にはふさわしい、似つかわしい静かな神楽である。
これらの球磨神楽を鑑賞するには、たとえば、青井阿蘇神社であれば、10月8日の「おくんち祭り」の夕方から、神楽殿で10数番の奉納がある。あさぎり町であれば、前述したように、須恵諏訪神社、岡原霧島神社、深田阿蘇神社、上白髪神社、岡留熊野座神社、築地熊野神社、皆越白髪神社の秋の大祭前夜に奉納される。娯楽性のある高千穂神楽の鑑賞を希望するのであれば、少し足をのばして、毎年11月末〜2月上旬、高千穂地区集落の神楽宿で夕方から翌日の昼まで全三十三番が夜通し舞い続けられる。
(つづく:次週は勇壮な棒踊りとそのルーツの話)
図2 白水阿蘇神社の球磨神楽「七五三」 図3 球磨神楽「大小」の一場面
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