2017年5月 5日
今回は、もっとも身近に幼き日の思い出と重なる人吉球磨の自然を紹介したいと思う。
♪ホグラ シビンチャ あの百太郎 土手の柳は ホタル宿・・・♪ これは、以前にも紹介した筆者の「夢故郷」の冒頭の歌詞である。ホグラ?シビンチャ?どんな魚?・・生まれ育ちが球磨人(球磨んモン)であってもそう問い返される。方言や呼び名が標準語や学名に席巻(せっけん)されてしまったからなのか、それとも、ホグラやシビンチャという魚を捕ったり食べたりしなくなったからなのか、何より見かけることがなくなった、いなくなったからであろう。
シビンチャは熊本県、特に人吉球磨地方での呼び名で、ウィキペディアによると、学名は「カゼトゲタナゴ」という「タナゴ」の一種らしく、ニガブナ、ベンチョコ・シビンチャ・シュブタなどの地方名がある」と書いてある。この魚は、日本固有亜種(日本にしか分布しない魚)で、九州の北部から佐賀県、福岡県、熊本県などの九州の中部および長崎県の壱岐島に分布する。分布の南限は球磨川であるとされるが、球磨川から取水している幸野溝や百太郎が真の南限かも知れない。昔の百太郎には、このあと述べるホグラと共にシビンチャが沢山いて、筆者には一番懐かしい魚である。中国の浙江省にもよく類似するものが生息しているそうであるから、シビンチャのご先祖さまも浙江省の寧波市(ねいはし)あたりから、以前に紹介した妙見さんと一緒に東シナ海を渡ってやって来たのだろう。
図1は、絶滅危惧IB類(EN)になってしまったシビンチャであり、図1の右はようやく見つけた郷里のシビンチャのいる小川である。この場所は、以前は「シビンチャ生息川」の立札があったが、保護のため撤去された。本稿でもあえてその場所は明かさないでおこう。
図1 シビンチャ(左)とシビンチャ川(右)
次は図2に示すホグラである。ホグラという呼び名も他所では通用しない。熊本県だけの呼び方なのか、筆者が高校時代の熊本の担任の先生のあだ名は色黒のごつい顔立ちだったせいか「ドグラ」であった。この魚の呼び名も地方によってもいろいろで、滋賀県では「コジキマラ」、近畿地方では「ドロボウウメ」、和歌山県では「ウスヌスト」など、ホグラさんには申し訳ないような名前がついている。百科事典のウィキペディアによると、ホグラはドンコ(漢字では鈍甲・貪子)というハゼの一種である。日本産のハゼ類としては珍しい純淡水生の魚で、生息分布は、新潟県以西の本州、四国、九州で、韓国の釜山(ぷさん)の近くの巨済島(きょさいとう、コジェド)のみに生息しているとのことである。しかし西日本でも、奄美群島、沖縄諸島、宮古列島、八重山列島などの南西諸島には分布しないそうであるから、この魚のご先祖は南方系ではなさそうである。
ホグラは昔の百太郎には沢山いた。シビンチャは「ニガブナ」の名のごとく苦くてまずかったが、ホグラの煮付けは美味しかった。一生を淡水域で過ごす純淡水魚で、群れを作らず単独で生活し縄張りを形成する。夜行性であるから昼間は川底にじっとしている。子供の頃は、冬の水量が少なく、濁っていない百太郎の橋の上から、長い竹の先にモリをつけて突き刺して捕まえた。
図2 ホグラ(ドンコ)の正面と横顔(右) 出典:ウィキペディア
人吉球磨盆地は100万年前に消失した湖の跡地である。おそらく数百万年前の地殻変動時代から縄文時代あたりまで、盆地を取り囲む山々は、肥薩火山の活動によって何回も壊滅したはずである。しかし、いま相良村四浦(ようら)には巨樹のイチョウが空を覆い、市房山には樹齢800年を超す杉が天をついている。白髪岳の自然環境保全地域には伐採されたことのないブナの大自然林が残っている。ブナは落葉広葉樹、冬に葉を落とした白髪岳のブナ林と深緑のブナの巨木を図3に示す。ブナは白神山地など東北地方の木であるが、「白髪岳はブナ群生地の南限です」と書いた白い標柱が立ててあった。日本におけるブナ林の南限は鹿児島県大隅半島の鹿児島湾沿いに連なる山地、高隈山地(たかくまさんち)らしいのだが、標柱はそのままである。(続く:次回は朝霧の話)
図3 秋の白髪岳のブナ群生林(左)と春のブナの巨木(右)
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