2017年5月11日
人吉球磨の山々に太古からの自然があれば、里にも営々と山野を開墾し、守り続けてきた大地がある。それは球磨人の生業(なりわい)としての田畑である。今回は、その美しい風景を紹介する。筆者のふるさと、現在はあさぎり町の「あさぎり」は、この地方では年間100日ほども「朝霧」が発生することにちなんで付けられた名前である。図1は、あさぎり町で見られる朝霧の例で、朝霧の時節になると町長自らホーム頁で紹介してくれる。人吉球磨盆地の春と秋には、「五里霧中」ならぬ「球磨霧中」の時があり、10時頃には晴れる。
この朝霧はどのようなメカニズムで発生するのだろうか。第一の要件は地形であるから、以前に人吉球磨盆地の横断面を示したように、盆地は凹部の舟形であり、船底にあたる部分を球磨川が流れていることを思い出してほしい。第二は温度変化である。
図1 あさぎり町の秋と春の朝霧風景 出典:いずれもあさぎり町HP
図1左:平成24年10月12日(金)秋稲の「竿掛け」たんぼの風景、
図1右:平成25年2月20日(水)早春の「葉タバコ」たんぼ
図2 人吉球磨と天草地方の平均気温の差
図3 気温と飽和水蒸気量との関係
人吉球磨地方は寒い。熊本県で一番暖かい天草地方と比較したものが図2で、熊本気象台の「熊本県の月平均気温平年値」をベースに筆者が該当月の平均気温を抜粋して作図したものである。この比較から明らかなように、9月から11月の人吉球磨地方は天草地方よりも、平均気温はで約3.7℃、12月から2月の冬季では約3.9℃も低く、寒いのである。霧は地表面温度が下がることによって、空気中に含まれている水蒸気が霧(きり)となり露(つゆ)になり安くなる。なぜなら、空気中に含まれる水蒸気の量は、図3に示すように、気温の低下とともに飽和量が急減するからである。例えば、気温20℃では約20g/m3の飽和量だったものが、0℃では5g/m3となり、1/4になってしまい、霧になる量が増えることになる。発生した霧が空に向かい、吹き抜ける風に出会えば消失するが盆地では滞留する。太陽があがり熱によって水蒸気が消散するまでは、先の図1のような幻想の風景となるのである。
日没になって地表面の熱がどんどん発散し、冷却されることを放射冷却という。放射冷却された空気が、より暖かい水面に接すると霧ができる。これは、風呂の湯から湯気が立つのと同じである。したがって、人吉球磨の寒気が球磨川の水面に接すると霧がより増すことになり、川や湖沼がある盆地では霧が発生する。例えば、近接地方である鹿児島県伊佐市の大口盆地(伊佐盆地)は、標高が約150mであり、海岸沿いにある平地と比較して年平均気温が1.5℃も低く、春や秋にはしばしば霧が発生する。宮崎県の都城盆地、小林盆地、加久藤盆地、高千穂盆地、大分県の湯布院盆地、日田盆地、玖珠盆地、安心院(あじむ)盆地などでは秋から冬にかけて朝霧が発生する。中でも湯布院盆地や高千穂盆地の朝霧は有名であり、加久藤峠からは加久藤盆地の壮大な雲海を眺めることができる。しかし、白髪岳の千望展望所から眺める球磨盆地の霧の雲海も決してそれらに劣らない。<続く:次回は物産>
文責:杉下潤二 Tel: 090-3856-0715 Email: junji@siren.ocn.ne.jp