2018年7月20日
9. 大根ナマスとブエン入りナマス)
あさぎり町議会の難波文美さんは、「なます」が昔懐かしい食べ物だという便りをいただいた。ナマスは、膾、鱠、生酢と書く。ナマスは獣肉を含み、魚貝や獣などの生(なま)肉を細かく切ったもの、またそれらを酢などで調味したもので、最古の歴史をもつ食べ物の一つである。『日本書紀』(720)には「ナマスツクル」とある。牡蠣(かき)なます、魚を用いる沖なます、柿なます、などがる。一般的なものは、ダイコンやニンジンを細く刻んでつくる大根ナマスである。
図10左に示す「大根ナマス」の作り方である。大根1/4本、人参1/3本、塩小さじ1、砂糖大さじ2、酢大さじ3、ゴマ好みの量である。はじめに、大根と人参の皮をむき、細くスライスいておく。次に、大根と人参に塩をふりかける。しばらくすると野菜から水分が出てくるので、水気を絞りとり調味料に入れる。調味料は酢と砂糖を混ぜ合わせたもので、ゴマは好みに応じてかける。関西の増田さんは、これに刻んだウス揚げを混ぜ込むとのことである。さらに、酢でしめた鯖(さば)を入れたものが図10の右である。筆者の記憶では、鯖だけでなくしめ鰯(いわし)も入っていた記憶がる。
図10 大根なます(左)と酢サバ入りナマス(右)
10. かぶと煮
人吉のご出身で、現在、岐阜県可児市にお住まいの金子さんが「郷土料理とは言えないかも知れないけど、私にとってはこれです」と言って送ってくださったのが鰤(ぶり)の頭の煮付け、「かぶと煮」(図10)である。「かぶと煮」とは、魚の頭を兜に見立て、煮付けたもので、鯛(たい)がよく用いられるが、金子さんの場合は鰤(ぶり)である。
「父親が大の魚好きで、干物(ひもの)しか手に入らない時は、とても不機嫌でした。その影響もあってか私も大好きで、砂糖、醤油、味醂、ネギ、ショウガなどで煮たカブト、特に、目のまわりのトロッとした処(コラーゲンかしら)は何とも言えないくらい美味で父と五人の姉妹で、末っ子の私が先に争って食べていました。両親が元気な頃は、帰省のたびに調理してくれました。「ブエン*が食べたい」というのが父親の口癖でした。私は今でも、スーパーに買い物に行くと、鮮魚は一本物を購入し、自分で捌(さば)いてカブトも一緒に煮付けます。
図11 かぶと煮の例
筆者註*:「ブエン」という懐かしい言葉がでてきたので補足する。ブエンとは、無塩と書く。保存用の塩を使わない生(なま)であることを意味し、新鮮で、鮮度の高い魚介類のことである。山間の流通不便な山間地の人吉球磨地方にはなかなか魚が生の状態で売られることはなく、魚の多くは干物であり、くじらは塩辛い塩クジラであった。みんな「ブエン」が欲しかった、食べたかった時代であり、お父さんの口癖は理解できる。この金子さんは、先に紹介した「煮しめ」についても語っていただいた方である。
11.どぶろく
焼酎を買うお金もなく、手作りどぶろくで酔っていた頃が懐かしい!とは五木村の自称、小森歌夫さんや大阪府在住のペンネーム、元和飲兵衛さんの弁である。どぶろくは、発酵させただけの白く濁った酒で、炊飯米に、米麹や酵母などを加えて発酵させたもので、日本酒の原形とされる。明治以前には、どぶろくは酒蔵だけでなく、農家など各家庭で一般に製造されていて、どぶろくの歴史は古い。3世紀後半に書かれ、当時の歴史や風俗がわかる『魏志倭人伝』には、倭人(日本人)は酒をたしなむという記述があり、どぶろくの起源も米作りと同じ頃であると云われている。
このように明治以前は、自由に作り飲んでいた庶民のどぶろくも、酒造税が制定され、どぶろくの自家生産や自家消費が禁止されてしまい、現在に至っている。ただ、豊穣祈願祭やどぶろく祭など宗教的行事における どぶろくの製造と飲用は、その製造免許を受ければ可能であるが、飲用は神社の境内等の一定敷地内に限られる。もう少し緩和された施策が「どぶろく特区」である。これは、2002年の行政構造改革によって、地域振興の観点から構造改革特別区域が設けられ、区域内でのどぶろく製造と、飲食店等で消費される場合に限った販売が許可されるようになった。その特区の数は35道府県で約140ほどである。熊本県では、玉名郡の「三加和8つの里グリーンツーリズム特区」、阿蘇市周辺の「阿蘇カルデラツーリズム推進特区」、それに球磨郡の「多良木町どぶろく特区」である。球磨郡では多良木地区でのどぶろくの製造と消費がOKということである。だだし、お土産などとして販売され、多良木町の域外に持ち出される場合は酢税法が適用されるとのことである。どぶろくの作り方は実に簡単で紹介したいが、たとえ自家消費用のどぶろくであっても、勝手
に作ったら法律違反、懲役5年以下、または50万円以下の罰金が科せられるからである。
図12 どぶろく商品の例
どぶろくは苦手!という人は、宮崎県の三股町に「どぶろく大福」があるらしい。大福の皮にどぶろくのもろみを練り込み、中の餡はどぶろくで作ったホワイトチョコと白餡をミックスした甘さ控えめの大福だそうである。多良木のどぶろく特区の製品は見当たらないので、近県のどぶろく を図12に示した。
「どぶろく」のことを書いて「球磨焼酎」はどうして?と思われるかも知れないが、球磨焼酎のことは前回の「ふるさと探訪:ふるさと物産」の中で詳しく述
べたからである。また、頂いた焼酎の思い出も、「えくろうてしもうて、ろくな話はない!」とのことであり、割愛した。
(つづく:次回は、おやつ:ねったくり、いきなりだご)
杉下潤二junji@siren.ocn.ne.jp